2015年上半期のまとめ

ようやく部屋の片付けを始めている。
積み上がった本を整理して不要なガラクタを処分するだけ。たぶん、途中で諦めるかもしれない。

いつものことだが、この半年の間休みらしい休みを取れなかった。ほとんど仕事が途切れず、私用は時間をやりくりして無理に詰めまくってしまった。その割には稼ぎがよいわけではない。理由はいろいろあるのだが。

新しいことを始めた。オンライン勉強会もそのひとつ。
不慣れなことなので今は無駄に時間をかけてしまい自分の勉強にはなっていないが、徐々によくなっていくと期待している。

もうひとつ。ゲスト講師としてセミナー活動。
まだまだ講師と呼べるほどのレベルには達していないが、これまでのような単発ではなくしっかりと腰を入れて続けていこうと思う。人前に出ることは別として、内容を考えたり冊子を作成したりすることは元来好きなことなのだ。

細かい話をすると切りがない。下半期のために反省をしておく。

  • 無理にスケジュールを埋めないこと。埋めたところで必ずしも収入がよくなるわけではない。つまり労力の割に合わない。
  • 仕事はもちろんのこと、生活全体の質を上げるための努力をすること。これは習慣化してこつこつと積み上げる以外に方法ない。
  • 積み上げるといえば本。Kindle本を含め、積み上がって山を読破すること。

まったく余裕のない半年だったが、魅力ある方々にお会いできたこと、新しいことを始められたこと、評価できることは幾つもあった。
下半期はスケジュールをきちんと整理しようと思う。

 

自分で切り開くということ

らしくないことばかりしている。勉強会を立ち上げたり、セミナーをやってみたり。

元来、それ程アクティブでもなく、先頭に立つようなタイプでもない。

 

それでもやりたいと思うだけの理由がある。

皆に聴かせたい話がある。

皆に会わせたい人がいる。

もっともっと翻訳が上手くなりたい。

ただ、それだけなのだ。

黙っていては何も始まらないし、良い機会があるのに見過ごすわけにはいかない。

まして誰かが何かをしてくれるのを待っているわけにはいかない。

 

自分の道は自分で切り開くのが、もっとも僕らしい。

たとえ失敗したとしてもだ。

 

僕は誰も行かない道を行く

 

三多を実践すること

積ん読の山は少しも減らず、かえって高くなっている。仕事もようやく落ち着いてきたので、ぼちぼち減らしていこうと思う。

ふと思ったことがあって、外山滋比古氏の「思考の整理学」をパラパラと読み返していると、「三多」という欧陽脩の言葉が目に留まった。

三多とは、看多(多くの本を読むこと)、做多 (多くの文を作ること)、商量多(多く工夫し、推敲すること)で、文章上達の秘訣三ヵ条である。

(外山滋比古『思考の整理学』、175ページ、ちくま文庫)

もちろん、良質の本であることが前提だ。これを翻訳に当てはめることもできるだろう。

今年の僕は、この「三多」を実践しろとあらゆる方面から背中を押されている気がしている。

一朝一夕に上達する方法などないのだから、地道に力を養っていくしかない。力のある一流の人たちは、一流になってもこれを実践している。はるかに力の及ばない僕は彼ら以上に努力しなければならない。一流にはなれなくても、今よりは上達するために。